活動報告

ワシントン缶詰日記 2007年4月

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(会談などの内容が、ミサイル防衛や日米関係の安全保障分野に触れており、基本的にオフレコ指定のため、ほとんど具体的な内容が書けないことを、お詫び申し上げます。)

 基地問題や貿易摩擦、さらには牛肉の問題と、日米を取り巻く環境には様々な問題点もある。ただ、戦後の我が国が世界に類を見ない経済成長を遂げた背景には、先輩方のご苦労に加えて、安全保障分野を始めとする米国の力によるところ大であることには、異論がほとんどないと思う。
 小泉前総理とブッシュ大統領の個人的に親密な関係もあって、現在の日米関係は、米国首脳をして「史上最高」と言わしめるほどの状態にある。そのワシントンに、ゴールデンウィークを利用して、CSIS(Center for strategic & international studies=日米安全保障、国際問題研究プログラム)のセミナー研修を受ける一員として、訪れた。
 メンバーは麻生太郎外相(自民)、大島理森・元農相(同)、石破茂・元防衛庁長官(同)、福島豊衆院議員(公明)、西村康稔衆院議員(自民)、吉良州司衆院議員(民主)、長島昭久衆院議員(同)、そして私の計8名である。駆け出しの私を除いては、外交問題、防衛問題に造詣の深いメンバーばかりで、先輩たちと話しているだけでも、大変勉強になった。
 後に詳述するが、政府間が最高の状態であっても、日米の議員間交流が活発とは言い難いのが現状である。今回の訪米では、上下両院の議員さんたちとも交流の機会を得たが、マスコミを騒がせた慰安婦決議が行われようとしているのは、誤解に基づいた部分も多大にあるということがよく分かった。議員交流を活発化しなければならないという、次の課題が見つかった旅でもあった。


 4月29日の11時に成田を飛び立った全日空機は、29日午前11時前、無事にワシントンに到着した。(もちろん、時差の関係です)。宿泊先のホテルに移動し、明日からに備えて、QDR(米国の国防計画見直し)や、在日米軍再編、地位協定などの資料をおさらい。夜は加藤駐米大使主催の夕食会で、最近の米国情勢などを伺う。
 30日、ホテルで朝食後、CSISの建物にバスで移動し、いよいよセッション開始。CSISのマイケル・グリーン日本部長から歓迎の言葉があり、スコウクロフト・グループのスコウクロフト会長より、米国の外交政策の解説と質疑。特に中国、北朝鮮、インドなどについて言及がある。詳しくは申し上げられないが、エネルギー問題への関心が高い。
 休憩を挟み、グリーン氏と6者会合、日米同盟について、意見交換。拉致や核の問題、米中関係などについて、討議をした。その場で昼食会。CSISの所長らと意見交換しながら。午後はCSIS中国部長らと中国問題について、討論。非常に中身の濃い一日で、メモを見ながらにもかかわらず、頭の中の整理に時間がかかった。
 バスでホテルに移動。ネクタイからノーネクタイに着替え、バスで移動。夜は麻生大臣主催の夕食会。他の党の先輩方もいる食事会というのは、大変に面白い。終了後、またバスでホテルに移動し、就寝。「バスに乗る以外、一歩も外に出ることが出来なかった」と思いながら、翌日以降の日程を見ると、今日よりも濃密。石破・元長官の「このミッションが様々な外交ミッションの中で、一番タフ」の一言が実感として分かる。
 「こりゃ缶詰だ」・・・。と思いながら眠る。


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 翌5月1日は、朝食会から。午前は米国の外交や国防の専門家とシナリオ・エクササイズ。これは具体的な有事の事例を想定して、それぞれが与えられた役割で、どういう対応を取るのか、訓練する。非常に面白かった。
 昼食会は日本でも創設が検討されているNSC(国家安全保障会議)の幹部と。NSCの実態や苦労している点、我が国が設立する場合の注意点など、様々な意見交換を行った。午後は日本でも有名なアーミテージ氏と日米同盟について。私もいくつか気になる点があったので、質問をぶつけた。非常に示唆に富んだ面白い回答をいただいた。
 終了後、米国連邦議会に移動。下院で、アジア太平洋地域の問題に取り組んでいる下院議員と面会。儀礼的なあいさつの後の質疑で、私から慰安婦決議の問題を取り上げた。
 特に私から申し上げたのは、1,慰安婦の存在そのものを我々が否定しているのではないし、慰安婦であったの方々には、大変に申し訳ないという思いを国民が持っていること 2,政府として既に謝罪を行っていること 3,政府が多額の出資をして基金を設立し、物品やサービス提供を行ってきたことーーである。
 正直な話、決議に賛成しようとしている議員ですら、こうした事実をほとんど認識していなかった。「日本は人権侵害に対して、全く謝罪をしていないではないか」という、全く誤解に基づいて、決議の採決がなされようとしていたのだ。驚がくの事実であった。
 「大使館は何をやっているのだ」という声も聞こえてきそうだ。しかし、米国で議員と面会した雰囲気から言えば、「大使館などはあくまで、政府の人間で、議員とやりとりするのは、あくまで議員」という空気があることも事実である。従って、我々議員が、同盟国である米国との議員との交流をもっと活発に行い、こうした誤解に基づいて、日米関係がおかしくなるようなことは避けねばならない。帰りのバスの中で、議員交流の活発化を先輩方にご提案申し上げたら、賛同してくれた。
 もちろん、議員の中には、「我々は、この問題に時間をかけすぎた。もう違う話をしようではないか」とか、説明に対し、「あなたの言うことを調べて、事実なら賛成するのをやめる」といった反応を示してくれた方もいた。議員交流の重要性を本当に実感した。
 そのまま議会内で歓迎レセプション。終了は午後6時半ぐらいであったが、またミッションは終わらない。CSISに戻り、米国国内政治について。特に共和、民主両党の力を持った支持者二名から伺った、次期大統領選の展望や解説は興味深かった。が、疲れ果てた。
 終了後、米国のロビイストが主催する夕食会へ。上下両院議員、政府関係者など、全部で百名を超える参加者であった。麻生大臣、ダニエル・イノウエ上院議員がスピーチ。私も紹介された。
 日本側の国会議員は、それぞれテーブルに一名ずつ分かれ、そのテーブルの同席者は、大変に政治色の濃いものだった。例えば麻生大臣の席にはダニエル氏を始めとする議会の著名人、農水問題に詳しい大島代議士の席は、米国側の牛肉問題に詳しい人たちといった具合。私のテーブルは、ほとんどがCIAやFBIなどの幹部経験者であった。雑談をしているようで、こちらが尋問をされているようでもあった。
 ホテルに戻り、「今日も缶詰だった」・・と思いながら眠る。

 2日。朝食会から非常に濃い内容だった。米国国防総省の筆頭国防次官補代理(アジア太平洋安全保障政策担当)のジェームス・シン氏との質疑。正直、かなり疲れがたまっていたが、米軍のトランスフォーメーションや集団的自衛権を含む、大変な中身であった。
 終了後、連邦議会へ移動。ミサイル防衛、北朝鮮問題などを担当する下院議員とのディスカッション。慰安婦問題への我々の懸念も、非常に熱心に聞いてもらった。昼食会は、ゴードン・イングランド国防副長官を筆頭に、軍の面々と。防衛については議員の中でも皆が認める石破、長島両代議士が、本領発揮で、米国側からいくつか興味深い発言もあった。
 冷戦が終わったとはいえ、東アジア地域においては、共産主義の一党独裁国家が厳然として存在している。また、ミサイルも含めて我が国への直接的な脅威となっている。そのことを米国が本当に理解しているということは、我が国の安全保障上、非常に大切なことである。
 その夜の夕食会で無事、全てのミッションを終了し、翌朝、帰国の途についた。本当に缶詰の旅であった。

 戦後の我が国の歴史と繁栄は、米国を抜きししては語れない。蜜月関係と言われているものの、もちろん、それぞれが主権国家であるから、いくつかの危うい点も内包している。だからこそ、あらゆるレベルでの交流を活発化しなければならない。
 ましてや、世界第一位と第二位の経済力を持った国同士が仲良しというのは、これから世界に出て行こうという国々にとっては、非常にやっかいな話であろう。当然、この両国の仲をどうにかしようと考えるはずである。こうしたことも頭に入れながら、我が国の国益のために努力して参りたい。


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