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ドタバタ選挙とドタバタ奮闘記
「解散だ」。
2005年8月8日、郵政民営化関連法案が、参議院で否決されたことを受け、小泉純一郎総理は、衆議院の解散を決断した。この解散は私にとって、2つのことを意味していた。1つは、麻生太郎総務相の政策秘書としてお仕えした勉強生活の終わり。今1つは、2003年11月の総選挙で敗れてから、2年足らずで、再び国政選挙に挑むチャンスが巡ってきたことだ。
落選以来、何の肩書きも無い私に、地元のみなさんは温かく接してくれた。昼間は永田町での勉強。夜・土日は地元での活動を続けてきた私にとって、今度こそ!の思いだった。2年足らずの間ではあったが、地元での活動で、多くの仲間が出来た。さらに選挙の争点となるであろう郵政民営化は、「小さな政府」という流れによって、国民の支持を得られるだろうと考えていた。
しかし、不安も多かった。参議院で否決された法案に関して、衆議院を解散するという手法が受け入れられるだろうか、解散が受け入れられたとしても、選挙の途中で争点が郵政から年金などに移ってしまい、潮目が変わってしまわないだろうか……。
しかし、「あれこれ考えても仕方がない」「1ヶ月しかないのだ。突っ走ろう」と割り切ることにした。否決と同時に、私は麻生大臣の事務所に辞意と、お世話になったお礼を述べ、地元に向かった。わずかな期間の選挙戦。お世話になる方すべてに、きちんと挨拶に伺う間もなく、選挙に突入した感じであった。
スタッフの確保、事務所の決定、ポスターなどの印刷物の作成、わずかな時間でやらなければならないことは、山ほどあった。結果、選対を組んでもらおうと思っているメンバーに対し、とりあえず電話で選挙になったことを伝えながら、あちこち移動するはめになった。電話で大変失礼だとは思ったが、ほとんどの方が、快く引き受けてくれ、おおいに感謝した。さらには、大いに飲み、語った仲間たちが、選挙期間中を通じて、次々を来てくれた。紙面をお借りして、感謝申し上げたい。
翌日から、朝の駅頭で異変が起こる。なんと、ビラがすべて無くなってしまったのだ。こんなことは前代未聞であった。その日だけかと思ったら、その翌日、またその翌日と、ビラの枚数を増やしたにもかかわらず「完売」となった。「これは投票率が上がる」と考えた私は、いわゆる無党派層対策に全霊を傾けることにした。
自民党支持層、組織票に関しての働きかけは、もちろん自分でも行うが、支援していただいている県議会議員さん、市議会議員さん、選対のメンバーにある程度、お任せをするという方針を決めた。この方針をみなさんに了承していただいたことで、私は街頭演説、いわゆる辻立ち中心の選挙活動に専念できた。
今回の選挙で私が訴えたのは、「未来への責任」という言葉である。党は「改革を止めるな」という言葉をキャッチフレーズとした。もちろん、「改革を止めるな」でワイドショー的な選挙をやるにはそれで良かったのだろうが、私の選挙区は都内に通うサラリーマンの方々が非常に多い。また、ミニ集会などを企画すれば、こちらが答えに窮するほど、鋭い質問をなさる方もいらっしゃる。そういう選挙区において、「改革を止めるな」だけでは、あまりにも稚拙に過ぎやしないかと考えた。
その結果が「未来への責任」という言葉であった。選挙中の街頭演説は、おおむね次のようなものだった。
≪現在の日本は税収が約44兆円。歳出が約82兆円(平成17年度予算ベース)。年収440万円の家庭が、毎年820万円使っているようなものだ。そのツケは、未来の子供たちが背負っている。こんなことがいつまでも許されるはずはない。国民の皆さんに負担をお願いすることになるかもしれないが、その前に国会議員も含めて、国自身が身を削る努力をしなければならない。 それには、郵政民営化を始めとする様々な改革によって、政府を小さくスリムにしなければならない。政府が最大限の努力をした上で、国民のみなさんに「これだけ足りません」とお願いすべきだ。だから、改革を進めなければならに。政府をスリムにすることは、現代に生きる我々世代の将来、未来に対する責任である。≫
そして今回は、多くの先輩たちに応援にきてもらった。小泉総理、河野衆議院議長、麻生総務相、中馬弘毅衆議院議員、森英介衆議院議員、河野太郎衆議院議員、相沢英之・元衆議院議員、浅野勝人参議院議員、加納時男参議院議員、橋本聖子参議院議員、荻原健司参議院議員…………………………。
本当に感謝、感謝であった。
今回の選挙の特徴の1つは、公開討論会が3回も行われたことだ。テレビ市川さんによる収録、放映が行われた1回目。行徳公会堂での2回目。浦安での3回目と、3候補者がそろって、討論をおこなった。余談であるが、千葉5区の立候補者は33歳の私が1番年長で、民主党候補者が31歳、共産党候補者が30歳だった。
選挙中は、行徳橋から浦安まで、辻立ちをしながら歩いてみたり、マンションの棟という棟を1つずつ演説してみたりと、とにかく声を聞いてもらうことに腐心した。朝早くから夜遅くまで付き添ってくれたスタッフ、候補者が全く帰ってこないにもかかわらず、地道な活動に専念してくれた事務所のみんな、遊説部隊、全員に感謝を捧げたい。
選挙戦終盤は、みんなが「今度はいけるぞ」という雰囲気になってきた。決して緩んでいたわけではないが、小選挙区になって以来、自民党が1度も勝ったことが無いという選挙区、本当によく戦ってくれたと思う。
投票日当日は、妻と2人で投票所へ。夕方から以前から使っていた事務所に行き、開票を待つことにした。予定では午後9時に選対のメンバーが集まって、開票の行方を見守る予定にしていたのだが、マスコミから「出口の結果もかなり離れているので、開票開始と同時ぐらいに当確を出したいのだが、バンザイは何時ぐらいか」などという、大変気の早い連絡あった。
急遽、集合時間を8時に早めてもらい、開票を待った。9時過ぎになると、インターネットの速報で当確が出始め、9時30分、NHKの当確をいただいた。選挙事務所へと移動、事務所は興奮の渦であった。私自身も大変うれしかったのだが、うれしさ半分、責任の重さと何をしていいのか分からないのが半分で、「うれしいような、苦しいような、よく分からない表情だった」そうだ。
とにかくバンザイであった。テレビや新聞のインタビュー、みなさんへのお礼、電話とうれしい悲鳴をあげた。そして、自宅にもどり、はっと気がつけば、空が明るくなり始めていた。
翌日からは、あいさつ回り。しかしながら、東京での様々な手続き(各種保険の変更手続き、名前の登録、住所などの届出、議員会館の部屋の決定、委員会の希望届けなど非常に煩雑)や千葉市での当選証書授与式、以前から予定していた会への出席などが重なり、思うようにはいかない。出向くことが出来ない方もいらっしゃり、電話や手紙を駆使しての、お礼行脚となった。
9月21日、いよいよ初登院を迎える。通勤に関しては、いろいろ考えた結果、電車で通うことにきめた。車だと時間が全く読めないことに加え、電車で通勤すれば、サラリーマンの方々の表情も見えるし、何より中吊り広告を見ることによって、いろいろな情報が目に入ってくるからだ。
地下鉄の国会議事堂駅前を降り、ぐるっと回って正門を入った。マスコミや議員でごった返している。「刺客」と呼ばれた女性議員の方々や、言動が物議を醸す杉村議員を取り囲んでいるのが印象的で、「政治取材というよりもワイドショーの芸能人取材のようだなあ」と思った。NHKなどのインタビューを受けて、院内へ。讀賣政治部時代に走り回った場所ではあるが、感慨深いものだった。
実は、「バッチをつけてもらう時は、どんな気分になるだろう。うれしいのか、感激するのか」などと考えながら向かったのだが、実際は全くそんな感情は湧かなかった。「責任」の2文字が、ずっしりと肩にのしかかるような思いがしたのが実際であった。入ったことがない本会議場に入った時はさすがに感動した。
議員総会や代議士会を終え、本会議。本会議場の最前列からは、演説している代議士の顔が本当によく見える。総理の指名投票など初物尽くしの体験を無事にこなした。こうやって始まった代議士生活。10月6日には、拉致問題に関する特別委員会にて、初めての質問も行った。午前、午後は永田町にいて、夜は地元に帰るという毎日を過ごしている。
典型的な一日を紹介させていただく。
10月21日
午前6時半過ぎ、JR市川駅南口にて駅頭。
午前7時過ぎ、電車に乗り、党本部に向かう。
午前9時半、国会にて国会対策委員会。
午前10時、災害対策特別委員会。
午前11時、議員会館にて内閣府のレクチャー。
正午、党本部にてユビキタス社会を実現する若手議員の会。
午後12時45分、国会内にて代議士会。
午後1時、本会議。
午後4時、朝日新聞社にてCS放送のテレビ収録。
終了後、地元日程。
とまあ、だいたいこんな感じだ。
我々、自民党の1回生が、マスコミによって「小泉チルドレン」と呼ばれていることをご存知の方も多いと思う。そして、テレビに登場して、神妙な顔つきで、「一生懸命、勉強します」と語っている一回生を見た方も多いだろう。しかし、生意気といわれるかもしれないが、これはあまりにも有権者を馬鹿にした話である。
確かに1回生は足りない部分もあるかもしれない。しかし、先輩と同じように歳費をいただいている以上、やらなければならないのは、「子供」に課される勉強ではなくて、「仕事」のはずだ。そこを勘違いされてしまうような行動こそが、非難されてしかるべきなのではないかと考えている。
まだまだ慣れない状況ではあるが、委員会で質問をしたり、党の部会で発言したりと、国のことを考えて、「仕事」をすることこそが、選んでいただいた者の使命のはずだと考えている。ドタバタと走り回っているが、地道に仕事をこなしながら、選挙区の方々に「あいつを選んでよかった」と思っていただけるように、努力していきたい。
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